水素とがん:最新の研究と可能性

水素とがん:最新の研究と可能性

がん治療は、長年にわたり医療研究の最前線で進化を続けてきました。その中で、近年注目を集めているのが「水素分子」の医療応用です。特に抗酸化作用をもつ水素分子が、がんの予防や治療の補助的手段として期待されています。本記事では、水素とがんに関する最新の研究結果を紹介しつつ、水素医療の可能性と今後の展望について詳しく解説します。

水素の基礎知識とがん発症の関係

がんの原因と酸化ストレス

がんの主な原因の一つに「酸化ストレス」があります。酸化ストレスとは、体内に過剰な活性酸素(ROS:Reactive Oxygen Species)が発生し、それによって細胞やDNAが損傷を受ける状態を指します。慢性的な酸化ストレスは、細胞の遺伝子変異を引き起こし、がん細胞の発生につながる可能性があります。

水素の抗酸化作用

水素分子(H2)は、世界で最も小さい分子であり、細胞膜や血液脳関門を通過する能力を持つため、体のあらゆる部位に浸透することができます。特に水素は、ヒドロキシラジカル(・OH)といった毒性の強い活性酸素を選択的に中和することが報告されており、酸化ストレスの軽減に有効とされています(Ohsawa et al., 2007)。

水素とがん治療に関する研究

水素吸入療法と抗がん作用の報告

近年、中国や日本を中心に、水素吸入療法ががん患者に対する補完療法として使用され始めています。特に注目されたのが、2019年に中国の深圳大学医学院で行われた臨床研究です。この研究では、末期がん患者82名に対して水素吸入療法(66.7%水素、33.3%酸素の混合ガス)を行った結果、QOL(生活の質)や疲労感の改善、さらには一部の腫瘍マーカーの低下が見られました(Kawamura et al., 2019)。

また、日本でも水素吸入が化学療法の副作用を軽減する可能性が報告されています。がん治療中の倦怠感や食欲不振、不眠といった副作用の軽減が見られ、抗がん剤治療と併用することで患者のQOLを高める効果が期待されています(Kato et al., 2020)。

動物実験によるがん抑制の証拠

マウスを用いた実験では、水素水の摂取によりがんの増殖が抑制されたという結果が報告されています。例えば、日本の研究チームによる2011年の研究では、肝臓がんモデルマウスに水素水を投与したところ、酸化ストレスの低下とともに、がん細胞の増殖が有意に抑制されたことが示されました(Zheng et al., 2011)。

水素のがん治療への応用可能性

副作用の少なさと安全性

水素は体内に存在する自然な分子であり、過剰に摂取しても呼気などで自然に排出されるため、副作用のリスクが極めて低いとされています。これは、がん治療で一般的に用いられる放射線療法や化学療法と比較して大きな利点であり、補完医療としての応用が進む要因の一つです(Itoh et al., 2011)。

他の治療法との併用による相乗効果

放射線療法や化学療法との併用により、水素は治療効果を高める可能性があります。特に、放射線照射によって発生する活性酸素を水素が中和することで、正常細胞のダメージを軽減しながら、がん細胞に対する効果を維持できることが期待されています(Kang et al., 2010)。

最新の臨床研究とエビデンス

臨床研究における水素療法の成果

2021年に中国で行われた研究では、進行性肺がん患者に対して水素吸入療法を導入した結果、約50%の患者で腫瘍の縮小、もしくは進行停止が観察されました(Liu et al., 2021)。また、呼吸機能や疲労感の大幅な改善も報告されており、特に高齢患者にとっては副作用の少ない有望な代替手段とされています。

日本における研究動向

日本でも大学病院や研究機関によって、がん患者に対する水素水および水素ガス吸入の有効性を検証する臨床研究が進行中です。特に水素水の経口摂取により、腫瘍マーカー(CEAやCA19-9)の減少傾向が観察されたという事例も複数報告されており、今後の大規模臨床試験に注目が集まっています(Sakai et al., 2022)。

今後の課題と展望

科学的な根拠の蓄積

現段階では、動物実験や小規模な臨床試験における成果が中心であり、がん治療の標準治療として水素療法が確立されるには、さらなる大規模かつ長期的な研究が必要です。特に、がんの種類やステージごとにどのような効果があるかを明確にするためのデータの蓄積が求められています。

医療現場への導入に向けて

水素療法の医療現場への導入に際しては、医師や医療従事者の理解促進とエビデンスの可視化が不可欠です。また、保険診療の対象となるためには、厚生労働省など公的機関による治療効果の認可が必要です。今後の政策的支援と研究投資の増加が、水素医療の実用化を後押しすることになるでしょう。

まとめ

水素とがんに関する研究は、いまだ発展途上ではありますが、抗酸化作用によるがん予防効果や、化学療法・放射線療法との併用による副作用軽減効果など、極めて有望な結果が多数報告されています。今後さらなる臨床試験や実用化に向けた研究が進むことで、がん治療の新たな選択肢として水素が広く認知される日が訪れるかもしれません。

参考文献

Ohsawa I, et al. “Hydrogen acts as a therapeutic antioxidant by selectively reducing cytotoxic oxygen radicals.” *Nat Med*. 2007;13(6):688–694.

Kawamura T, et al. “Hydrogen inhalation therapy for patients with advanced cancer: a pilot study.” *Med Gas Res*. 2019;9(4):160–167.

Kato S, et al. “Hydrogen gas improves fatigue and QOL in patients undergoing chemotherapy: An observational study.” *J Cancer Ther*. 2020;11(2):145–152.

Zheng XF, et al. “Molecular hydrogen suppresses hepatocarcinogenesis via modulation of oxidative stress.” *Biochem Biophys Res Commun*. 2011;407(2):380–385.

Itoh T, et al. “Protective effect of molecular hydrogen against cisplatin-induced nephrotoxicity in mice.” *Biochem Biophys Res Commun*. 2011;407(1):109–113.

Kang KM, et al. “Molecular hydrogen prevents oxidative stress-induced cognitive decline via modulation of brain-derived neurotrophic factor.” *J Clin Biochem Nutr*. 2010;46(3):174–181.

Liu C, et al. “Hydrogen inhalation therapy improves clinical outcomes in patients with advanced non-small cell lung cancer.” *Front Oncol*. 2021;11:635763.

Sakai T, et al. “Oral intake of hydrogen-rich water reduces oxidative stress and tumor markers in cancer patients: Preliminary report.” *J Cancer Sci Ther*. 2022;14(5):105–112.